Abgesang



「な…にを……」

 話があると呼び出された部屋で二人。
 それは突然だった。
 かろうじて意識は残っているものの、身体は完全に自由にならない。そんなギリギリの力加減を、一体いつの間に覚えたのだろう。仲間に護られながら甘っちょろい旅をしてきたのだとばかり思っていたのに。
 ゆっくりと近寄ってくるルークを、アッシュはただ見上げる事しか出来なかった。
 いとも簡単に身体を拘束され、腰に佩いたローレライの剣を奪われる。

「ローレライの剣は貰っていく。その代わりに、宝珠はおまえにやるよ」

 次の瞬間、ルークの身体から目映い光と共に現れた赤い宝珠の輝きに目を瞠った。あれだけ探し続けていたものが、本当はこんな間近にあった事に驚きを隠せない。当初の予定通り自分は剣を、彼は宝珠を受け取っていたのだ。

「テメェ……宝珠の在処を初めから知っていたのか……!」
「ああ、知っていた」
「ならば何故黙っていた!」
「だって、教えたら俺から宝珠奪っておまえ一人で勝手に行っちまうだろ? ……あの人は強い。一人で立ち向かっても勝てるわけがないと、おまえだってわかっている筈だ」

 ルークの言う通りだった。
 宝珠さえ見つかれば、アッシュはただ一人でヴァンに立ち向かうつもりだった。この命がもはや長くはないものだと知った時から、ローレライの解放は自分と同じ力を持つレプリカに託し、たとえ勝てないとわかっていても相打つ覚悟でヴァンに挑もうと思っていた。
 それを全て見抜かれていたのだ。

「後始末は俺に全部押しつけて、自分はさっさと死ぬつもりだなんて。そんな自分勝手な考えが通るなんて思ってくれるなよ?」

 冷たい目で見下ろされて、アッシュは唇を噛み締めた。いつだって劣化レプリカだの屑だの、見下してきたのは自分だったのに、今や完全にその立場が逆転している。その事がプライドの高いアッシュには耐えられなかった。
 だが、今のこの状態ではせいぜい相手を睨み返すくらいしか出来ない。
 怒りに満ちた目で睨み付けてくるアッシュを見て、ルークはわざと大きくため息をついた。これ以上何を言っても無駄なのだと、心の中では既に見切りを付けて。

「……おまえには生きててもらわねぇと困るんだよ」

 笑みを浮かべながら、ルークはアッシュに向けて一言そう告げた。
 それを見たアッシュの背筋にゾクリとしたものが走る。それは久しく感じる事の無かった、本物の恐怖だった。

「それじゃあ、サヨウナラ……俺の被験者様」

 今度は完全に相手の意識を刈り取る為に、ルークはアッシュの首筋に手刀を振り下ろした。言葉ひとつ漏らすこと無く、意識を失ったアッシュはその場に崩れ落ちた。
 その姿を一瞥すると、ローレライの剣を手にしてルークは部屋を出ていった。



「待たせて悪いな、ノエル」
「謝らないでください、そんなに待っていませんから。……あの、ルークさん……本当に、行くんですか?」
「ああ、もう決めたんだ。俺の我が儘に付き合わせちまってごめんな」
「……いいえ」

 そのまま言葉に詰まって俯くノエルには悪いと思うが、もう決めた事だ。既に両国の王には話を通したし、ルーク自身もはや死ぬことに対して嫌だと思ってはいない。この件について、ジェイドあたりなら多分こう言っただろう。残すならレプリカよりも被験者だ、と。確かにルークだってそう思うし、それにあの二人のあんな顔が見られただけでも満足だった。
 アルビオールに乗り込むと、間もなくして機体が空へと舞い上がった。この譜業と、パイロットであるノエルには今まで何度も助けられてきた。目的地 ――― レムの塔に着くのも、そう時間は掛からないだろう。

 レムの塔で、一万人のレプリカと共に障気を中和する。
 それが今からルークが成そうとする事だった。
 ただし、天への階を上るのはルークただ一人。二人の国王と、そこまで連れて行ってくれるノエルを除いた他の誰にもこの事を告げなかった。彼らがそれに気付いた時には、ルークはもうこの世界には居ないだろう。

 この命が消える瞬間を、誰かに見られるなんて冗談じゃない。
 その瞬間に立ち会えなかった事を悔やみ、万の命を見捨てた罪をこれからずっと背負って生きていけばいい。

「それくらいは願っても良いだろう?」

 預言に殺される為に生まれてきた命。それでも生きたいと思っていた時期もあったが、この世界はレプリカという存在には何処までも残酷だった。
 もはやこの世界で生きていきたくはないと、二人の王に告げた時の彼らの顔は驚きと苦痛に満ちていた。預言と障気中和。名目は違えども、『死ね』と命じるこの状況はあの時と変わりはないのだから。
 だから、ルークは自ら進み出た。
 この世界の為に消える事こそ、彼の最初で最後の復讐だった。



 ルークが居なくなったその日、世界から障気が消えた。人々は世界が救われた事を喜び合い、そしてその平和が一万人のレプリカとルーク・フォン・ファブレの命の犠牲の上に成り立つものだと知った。
 
 故に、忘れるな。
 この世界はレプリカ達の命で贖われたものだという事を。

 二国の王と、後に英雄と称えられたルーク・フォン・ファブレのかつての仲間達が世界に広めた言葉は、彼らの願いも虚しくやがて人々の心から消えていった。




 
レムの塔分岐っぽい黒ルクです。
発掘したメモに手を加えたんですが、書いた時期荒んでたんだと思います(爆)
こんなつもりじゃなかったのに、アッシュに対して一番酷くなった……orz
一応この続きみたいなのも考えてはあったんで、機会があればまた。

2008.09.21