Retrouver -1-


 何気なく視線を向けた窓の向こうに見えた光景に、アッシュの気分が一気に下降した。直ぐさま馬車を止めさせて降りると、薄暗い路地裏へと続く細道へと歩みを進めていく。

「おまえら、そこで何をしている」

 やはり気のせいではなかったのだと、アッシュは不快も顕わに言い放った。
 人気の無い路地の奥。こんな所に大の男が三人も集まって何をしているのかと思いきや、やはり禄でも無い事のようだ。その三人の向こうに、ボロボロになった人影が蹲っているのが見える。

「何だ、てめぇは……!」

 振り返った男達の一人が怒りも顕わに叫んだが、次の瞬間驚きの表情を浮かべて黙り込んだ。
 長い紅の髪。暗くともはっきりと判別出来る鮮やかな色彩から、思い当たる人物はただ一人。かつて世界を救った英雄の一人であり、キムラスカ王位継承権を持つ彼の名は、この王都バチカルに住んでいる者なら誰でも知っている事だ。

「何をしている、と訊いた筈だが?」

 僅かに殺気をにじませながら一歩踏み出せば、ヒッと短いうめき声を上げて男達が後ずさった。かつて六神将の一人として歩んできた道は伊達ではない。
 そのまま数歩足を進めれば、それに合わせて後退していた男達の背が壁に付いた。これでもう逃げ場はない。

「こ、こいつが悪いんだ! レプリカの癖に人間と同じように生活しようとしてやがるから……!」

 窮鼠猫を噛むという言葉があるが、目の前の男達にはそんな力も度胸もないようだ。
 怯えた男の一人が口にした言葉に、アッシュは不機嫌そうに顔を顰めた。同時に苦い思いが胸の奥から湧き上がってくる。かつて己の完全同位体のレプリカであった彼に向けた感情の中に、目の前の男達と似たようなものがあった事を思い出した。

「おまえらは、レプリカ保護法を知らないのか? それでも尚、法に逆らうというならこのまま連行しても構わないが……」

 そう言いながら、アッシュは腰に佩いた剣へと手を伸ばす。彼らが抵抗する気であれば、多少は痛めつけても構わないだろう。
 この世界が障気に満ちていた時の約束。一万人のレプリカと自らの命を引き替えにして障気を中和すると申し出たルークが取り付けた約束は、この世界で生きているレプリカ達の保護だった。キムラスカ・マルクト両国の王はそれを了承し、後にレプリカを保護する法や施設を作った。
 けれども、すべての人々がそれを受け入れた訳では無かった。レプリカ情報を抜かれた事によって家族を失った者、レプリカという存在自体を嫌悪する者。彼らはレプリカを疎み迫害し続けた。
 だがそれでも、自我の芽生えていない赤子のようなレプリカ達には、ただ黙って受け入れるしか術は無かった。
 こんな光景が各地で起こっているという事実を、アッシュも嫌という程わかっていた。実際に直面したのもこれが初めてでは無い。その都度そんな輩を粛正しては来たが、そういう輩は減るどころか後から後から湧いて出てくる。他にも、裏では捕らえられたレプリカを奴隷として売買されているという噂もある。
 かつての仲間達はそれぞれの場所でレプリカを保護しようと頑張ってはいるが、思っていたよりも遥かに現実は厳しかったという事だ。

「化け物だろうが……ッ!」
「……なん、だと?」
「いくら見た目が人間に似てても、レプリカなんてもんは化け物だ! 化け物を退治して何が悪い!」

 堰を切ったように叫ぶ男の声に、仲間らしき他の二人もそうだそうだと賛同する。
 ――― 化け物。
 その言葉を何度も聞いた事がある。人間として生まれてきたのに、単体で超振動を扱える存在。繰り返された過酷な実験の度に、研究者達が嫌悪と畏怖の混じった声音でそう言っていた。

「黙れ。それ以上口を開いてみろ。その口、使い物にならなくしてやる」

 今度は加減はしなかった。
 射殺せそうな程の殺気を込めた目で男達を射抜く。
 目が合った瞬間、男達は悲鳴を上げながらアッシュの横をすり抜けて逃げていった。そのみっともない様子を一瞥すると、アッシュは路地の奥へとゆっくりと歩み寄った。そこに蹲る人影の前でしゃがみ込んで手を差し伸べる。

「おい、大丈夫か?」
「………ぁ」

 ボロボロになったレプリカの少年が、うつろな目でアッシュを見た。その瞳に一瞬だけ強い光が宿ったのが見えた次の瞬間、それはあからさまな落胆の色に染まった。

「……ちが、う…。ルークさま、じゃ……ない……」

 ――― ルーク。
 確かに聞こえた名前に、アッシュは一瞬固まった。
 どうしてその名がこのレプリカの少年から発せられたのだろう。

「いか、な……けれ…ば……」

 まるで己に言い聞かせるように、少年は呟く。
 先ほどの男達に殴られ蹴られ、満身創痍の状態でありながらも必死に立とうとする姿は酷く痛々しい。疲弊しきった足は思うように動かず、立ち上がろうとしては失敗して再び地に落ちる。それでも、彼は諦めなかった。

「おい、テメェ! あいつが……、ルークがどうかしたのか!? 一体テメェは何を知っているんだ!?」

 我に返ったアッシュが傾いだ少年の身体を受け止める。腕の中の身体の異様な軽さに僅かに驚いたが、それでも問わずにはいられなかった。

 ――― レムの塔へ。

 消え入るような声でそう呟いて、少年は意識を失った。
 ぐったりとした身体を抱えてアッシュは馬車へと戻った。ひとまずこの少年の手当が必要だった。治癒術が使えない為、屋敷に戻って医者を呼ぶのが手っ取り早いだろう。

「一体、何が起こってやがる」

 レムの塔でのあの出来事はまだ記憶に新しい。モースの刷り込みによってレプリカ達が集まった、創世歴時代の遺物。今はもう朽ちるに任せるその場所に、再びレプリカ達が集おうとしている。
 そして、レプリカの少年の口から出た"ルーク"の名。何かとても嫌な予感がする。

 逸る気を押さえながら、アッシュは馬車を急がせた。


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前に書いた黒ルクの続き。
続きものになりましたが、そんなに長くはならない予定。
なんか色々すいません……。でも黒は好きなんだ。

2009.07.19