部屋の窓から見る外の景色は、今日も雨だ。
「雨、やまねぇかな」
窓枠に寄り掛かって外の様子を眺めながら、ルークはぽつりと呟いた。
雨はそんなに嫌いじゃない。雨粒の落ちる音や、雨の匂いは結構好きな方だ。けれども、こうも雨の日ばかり続くと流石に気が滅入りそうなのだ。
いつも気晴らしにと、庭のお気に入りの木に登って景色を眺めているが、この雨では無理だ。仕事も勉強も、息抜き無しに続けることはルークにとっては至難の業。その度にアッシュの部屋へと飛び込んで行くのだが、現在彼は仕事で出掛けている。それも、もう一週間も前から。
寂しい。会いたい。
ルークは、もう何日も前からアッシュ不足だった。
「はやく、帰って来いよ。アッシュのばかやろー」
「……誰が馬鹿だって?」
恨みがましく呟いた言葉に、返ってきた声。声のした方へ勢いよく振り返ると、ルークは満面の笑みを浮かべて部屋の入り口へと駆け出した。
「おかえりアッシュ! って、びしょ濡れじゃねぇか。傘は持ってったんだろ?」
飛びつこうとしたルークを、アッシュが寸前で止めた。見れば、アッシュは全身ずぶ濡れで、大きなタオルを羽織っている状態だった。ルークまで濡れないようにと配慮してくれたのだろう。
いつもはきっちりと上げている前髪が雨に濡れた為に下りていて、真正面からアッシュの顔を覗き込んだルークの心臓が一瞬大きく高鳴った。
だが、ルークにとって重要な事は他にあった。
「ああ、そんな事よりもシャワー浴びて来いよ。風邪ひいちまうだろ!」
ぐいとアッシュの手を引いて、ルークは浴室へと向かった。脱衣所にアッシュを押し込んで、ドアを閉める。
「着替えは用意しとくから、よく暖まってこいよ」
そう言うやいなや、ルークはバタバタと駆けていった。
足音が遠ざかっていくのを感じながら、アッシュは苦笑を浮かべた。何よりもまず自分の事を心配してくれるルークを見ていると、仕事の疲れが癒されていく気がする。
久々の再会にしては物足りない部分は多々あるが、それは後の楽しみに取っておこう。とりあえず、アッシュはルークに言われた通りシャワーを浴びる事にした。
シャワーを浴びて十分に暖まり、ルークの用意してくれた服に着替えると、アッシュは自分の部屋へと戻った。案の定、そこにはルークが待っていて、まだ濡れたままの髪を見るやいなや、肩に乗せていたタオルを奪われベッドの上へと引き寄せられた。
向かい合って座った状態で、ルークはアッシュの髪を丁寧に拭いていく。アッシュもルークの好きなようにさせていた。
「訊かないのか?」
「へ? 何を?」
一瞬だけ手を止め、ルークがきょとんとした表情を浮かべた。
「傘を持ってなかった理由」
その言葉に、ルークは納得したように頷いた。
「どうせ、傘が壊れて困っていた人に譲ったとか、そういう事だろ? アッシュは優しいから」
当たり? と、無邪気な笑みを浮かべるルークを見て、アッシュはため息をつく。言い当てられた事よりも、優しいと言われた事に対して納得がいかない。
「 ――― 優しいのはテメェだろ」
アッシュの言葉に、ルークは少し困ったような笑みを返しただけだった。ここで違うと言い返しても、結局は押し付け合いになるだけだと流石のルークもわかってきた。
「前髪さ、ずっと下ろしておけばいいのに。俺の髪は短いから、もう間違える人だっていないし」
それに、格好良いのに。ルークはそう思う。
初めて真正面から対面したあの雨の日を思い出すけれど、今思えばあの時のアッシュは凄く格好良かった。
旅の間も今も、アッシュが前髪を下ろした姿は稀少だ。隣とはいえ、部屋は別々なのだから、風呂上がりの姿は滅多に見れない。他の機会といえばあの時くらいだが、正直アッシュの顔をじっくりと見ていられる余裕なんてあった試しがない。これからもあるとは思えない。
「……落ちつかねぇんだよ。もう何年もこうだったからな」
ダアトへ移ってからずっとこのヘアスタイルだった。もはや慣れを通り過ぎて、そうしなくては落ち着かなくなってしまっている。
「よし、終わったぜ」
最後の一房が、タオルの間をするりと抜けていく。水分を含んだタオルは幾分か重く、ルークは折り畳んだタオルを抱えるとゆっくりと立ち上がった。
「アッシュがそう言うなら、そのままでも良いんじゃねぇかな。……それに、アッシュのその格好見れるの、俺だけならすげぇ嬉しいし」
自分だけが、他の人の知らない一面を見る事が出来る喜び。
独占欲とも呼べるその感情は、ルークだけではなくアッシュにもある。
「これ、片付けてくるな」
浴室へと向かおうとしたルークの手を、アッシュが掴んで引き留める。
「そんなもの、後でいいだろう?」
「……そうだな」
アッシュの誘いに頷いて、ルークは笑った。