夏祭りの夜 後編



 ナム孤島に到着すると、漆黒の翼の一人、ノワールが出迎えてくれた。既に日が暮れかけているが、夏祭りの開始時間には間に合っただろう。

「よく来たね。待ってたよ、三人とも」
「へ、おいらもですか?」

 きょとん、とした表情でギンジが問う。用事があるのはアッシュとルークの二人のみだと思っていたのだから、当然の要に疑問が零れてしまった。

「ああ、勿論だよ」

 ニヤリと笑うノワールの様子から何か嫌な予感がしたギンジとアッシュだったが、既に逃げ場は無かった。

「今日は招待して下さってありがとうございます」
「そんなの気にしなくて良いんだよ、ルーク坊や。……さて、三人とも急いでこれに着替えとくれ」

 言葉と共に、バサリと布の塊が放り投げられた。慌ててキャッチして広げてみれば、どうやらそれは衣装のようだ。どこかタクティカルリーダーの称号服に似ているような気もする。

「……え?」
「着付けはヨークに任せてあるから、さっさとあっちの部屋で着替えちまいな。ぐずぐずしてる暇なんかありゃしないんだからね」

 そうして、蹴飛ばされる勢いで三人は着替え部屋へと押し込まれた。



「へぇ、これってホドの伝統衣装の一つなのかぁ」
「浴衣というものらしいな」
「アッシュさん、物知りなんですね!」

 ヨークに手伝って貰って着替えた三人は、初めて見る衣装に感嘆の声を上げていた。青を基調としたシンプルな模様の浴衣は、思っていたよりもよく馴染んだ。何より、揃いの浴衣を着て並ぶアッシュとルークの二人は周りの人の目を惹き付ける。

「よくお似合いでヤンスよ」
「アッシュさんもルークさんも、とても良く似合ってますよ」
「ギンジもな!」
「……ああ」

 褒められて喜んだルークが、ギンジを褒め返す。少し照れながらも、アッシュがそれに同意を示す。

「そう言って貰えると、おいらも嬉しいです!」

 照れたようにギンジが笑う。

「準備は出来たのかい?」
「へい、完了でヤンスよ」

 ヨークの返答を聞いて、ノワールが部屋へと入ってきた。彼女は普段と変わりない衣装を身につけている。自分たちだけが着替えさせられた意図を計りかねていると、それに答えるようにノワールが口を開いた。

「さあ、着替えが終わったからにはしっかりと働いて貰うよ! 今日はこのナム孤島の夏祭り。人手はいくらあっても足りやしないんだからね」
「え、あれ……?」

 流石のルークもここにきてようやく状況が飲み込めたらしい。つまり、自分たちは客としてではなく、労働力として招かれたのだと。

「屋台の準備は概ね終わってるから、アンタ達には店番をやってもらうよ。坊や達二人は遊戯の方任せるから、ギンジは食べ物の方ね」

 一切の反論を許さない口調で、ノワールが采配を下していく。

「そうと決まればさっさと持ち場につくんだよ! 何かわからない事があったら私やヨーク、ウルシーを捕まえて訊いとくれ」



「はーい、いらっしゃいー! そこ、割り込みはキケンだから、順番に並んでねー。……って、アッシュも少しは愛想良くしろよ。眉間にしわ寄ってるぞ? 子供達が怖がるだろ」

 押し寄せてくる子供達の相手をしながら、ルークは隣で仏頂面を続けているアッシュを窘める。

「みけんにしわ!」
「しわー!」

 鸚鵡返しに叫ぶ子供達の声に、アッシュは大人げなくキレた。怒りのままに叫び出すアッシュの姿を横目で見つつ、ルークは盛大にため息をついた。こういう所は自分よりもアッシュの方が子供っぽい。

「うるせぇ、餓鬼どもが!」
「わー、あっしゅがおこった! にげろー!」
「にげろー!」

 楽しそうな声を上げながらバラバラと散っていく子供達。一人としてアッシュを怖がっている者が居ないところをみると、彼らは慣れているのだろう。ナム孤島でアッシュが子守をしていたとは、今始めて知った事実だ。

「るーく、るーく」

 くい、と袖を引かれてルークは振り返る。

「なんだ?」
「これ、やりたい」

 少年が指し示すのは、水ヨーヨーの浮かんだプール。ずっと握りしめていたのだろう、人肌に暖まったガルドを受け取ると、それと引き替えに釣り針を手渡す。

「よっし、頑張れよ!」
「うん!」

 ヨーヨー釣りに挑む少年の応援をしながら、ルークは暫くの間自分の仕事に専念する事に決めた。あちらはあちらで何とかやっているようだし、まぁ大丈夫だろうと思いながら。



 怒濤の時間が過ぎて、ようやく店番から解放された時には二人ともへとへとだった。夏祭りという状況下での子供達のパワーを甘く見ていた。思っていた以上に疲労がたまっているようだ。
 祭りの喧噪から少し離れた場所で、二人で座り込んで一息ついのはいいが、まだアッシュの機嫌が直っていないのが何より厄介だ。

「いい加減機嫌直せよ、アッシュー。ほら、これでも食ってさ」

 そう言いながら、ルークは手に持っていたカップの片方をアッシュへと差し出した。お疲れさまという言葉と共に、ノワールがくれたかき氷だ。赤色のシロップを絡めてスプーンで掬い、一口含めばキンとした冷たさが心地よくて美味しい。同時に乾いていたのども潤されていく。

「美味いな、このかき氷」
「……ああ」

 シャクシャクと氷を砕く音が響く。

「ギンジはどうした?」
「まだ屋台でたこ焼き焼いてるみたい。なんか凄い人気だって。……あ、それも貰ってきたんだけど。たこ焼き、食う?」
「誰が食うか!」
「美味しいのに」

 腕にぶら下げたままだった袋を、ゆっくりと地面におろす。温かいうちに食べた方が美味しいけれど、これは後で食べる事にしよう。そう思うと自然と顔が綻んだ。ギンジの屋台で焼きたてを食べさせて貰ったが、本当に美味しかったから。

「あ、そうだ!」
「……いきなりなんだ?」

 黙々とかき氷と食べていたアッシュの手が止まる。声は不機嫌そうなままだったが、振り向いた顔はだいぶ怒りが収まったように見えた。

「花火見に行こうぜ! 祭りの最後に一発だけ大きな花火を打ち上げるって、ノワールさんが言ってたんだ。そろそろみんな移動し始めてる頃じゃねぇかな」

 キムラスカ、マルクト、ダアト。そのどの国にも所属しない島、ナム孤島。存在すらも秘匿されていて、ほんの僅かしか知る人は居ない。故に、露顕を防ぐために打ち上げられる花火はたったの一発だけ。その一発に込められた想いは、だからこそ何よりも強い。

「仕方ねぇな、行ってやる」
「本当かっ!?」
「ああ。嘘じゃねぇ」

 言いながら、アッシュが立ち上がる。次いで差し伸べられた手に、ルークは満面の笑みを浮かべながら手を伸ばした。



《さあ、準備はいいかい!? 一発限りのとっておきの花火、楽しんでおくれよ!》

ノワールの声が辺りに響き渡った。同時に歓声が湧き起こる。辺りを埋め尽くす大勢の人々は皆、空を仰いでその時を待っている。
 
そして、夜空に大輪の花が咲いた。

「見たか、アッシュ! すっげー綺麗だったよな!」
「そうだな。綺麗だった」

 流石に一発に全てを込めただけあって、今まで見た中で一番綺麗だった。瞼を閉じればはっきりと思い浮かべる事が出来る程に。
 やがて、名残を惜しむように空を眺めていた人々も、徐々に中へと戻っていった。もうじき祭りは終わるのだろう。

「あぁ……溶けちまってる」

 我に返ったルークが、手元のかき氷のカップに視線を落としてがっくりとうなだれた。カップの中の氷はすっかり溶けきって、完全にシロップと一体化を果たしている。暫く中の液体を眺めていたルークは、カップを口元に引き寄せて中身を一気に飲み干した。ジュースよりも甘ったるい液体がのどを通っていく。

「……甘ぇ」
「当たり前だ。よくもそんなものを一気に飲み干せる……ッ!?」

 紡ぎかけた言葉を奪われる。
 ルークがアッシュの唇を塞ぐことによって。 

「へへっ、ざまーみろ」

 勝ち誇ったようにルークが笑う。
 あぁ―なんて甘ったるいのだろう。自分が食べていたものよりも、ずっとずっと甘い。

「テメェ……帰ったら覚えていろよ」
「……うぅ」

 さぁ、どうしてやろうか。



「祭り、終わっちまったな」

 当然のように片づけまで手伝わされた後、遅いから泊まっていけと用意された部屋のベッドに二人して倒れ込んだ。疲労は既にピークに達し、気を抜けば直ぐにでも瞼が落ちてきそうだ。

「でも、本当に楽しかったなぁ。花火もすっげー綺麗だったし」

 ごろり、とベッドの上で寝返りを打つ。アッシュと向かい合わせの格好になると、ルークはふわりと笑う。

「なぁ、アッシュ。また来年も一緒に来ような」
「……」
「な、アッシュ?」
「……誘われたらな」

 沈黙の後、ぼそりと呟かれたアッシュの言葉に満足したように微笑むと、ルークは誘われるままに眠りに落ちた。幸せそうなルークの寝顔を眺めた後、アッシュもまた瞼を閉じた。




 
8月のインテで配布したペーパーに付けていたSS。
季節的に今年も夏祭りネタで。個人的にギンジと漆黒の翼は好きなので出せて楽しかったです。
そういえば、今年は地元で花火が観れたので満足でした。数年ぶりに夏祭り参加したなぁ。
ほら、夏といえばメッセでの祭典参加ですから(笑)

2009.11.23