ウンディーネリデーカン・ローレライ・31の日
今日は朝からティアに追いかけられた。
ねこ耳とモンコレ衣装を手に走るティアのスピードは凄まじかった。体力には自信があったのに、結局追いつかれてモンコレ衣装に着替えさせられた。
ティアは「可愛いわ、ルーク」とうっとりしていたが、男なのにこんな格好させられた俺は喜べるはずもない。写真を撮ったりと俺のモンコレ姿を堪能したティアは、満足したのかカメラを大事そうに抱えて颯爽と去っていった。いつもの俺の服を持ったままで。
解放された事は嬉しいが、元の格好には戻る事は叶わなくなった。ティアを追いかけた所で簡単には追いつける気もしないし、下手するとまた別の衣装へチェンジさせられるかもしれない。
頭に浮かんだ想像を慌てて振り払い、どこかで服を調達しようと心に決めた。
暫く歩いた所でガイに会った。
ガイに教えて貰って漸く今日がハロウィンだという事を知った。お化けの仮装をして、「Trick or Treat!」の言葉でお菓子を貰う事が出来るらしい。試しにガイに言ってみようかと思ったが、お菓子を持っているようにも見えなかったし、何よりガイの様子がおかしかったのでスルーする事に決めた。
それじゃ、と軽く手を振って歩き出すと、背後から「るーくぅぅぅ」という叫び声が聞こえてきたが、これも同じくスルーした。
次はアニスに会った。
こちらから声を掛ける前に、アニスが駆け寄ってきてこう言った。
「Treat or Gald!」
お菓子かお金か。実にアニスらしいアレンジだ。どっちにする?と問いかけてくるアニスの手のひらに、ポケットから取り出したクッキーの包みを載せた。ガイにハロウィンの意味を教わった後、念のために購入しておいて良かった。
ガルドの方が良かったとぶーぶー文句を言いつつも、ありがとね、とお礼を言ってからアニスは颯爽と駆けていった。どうやら色々忙しいようだった。
宿の入り口でジェイドとすれ違った。
意味深な笑みを浮かべ、何か言いたそうな目で見つめられたが、彼が口を開く前に宿の中へと逃げようとした。どんな風にアレンジされたハロウィンの言葉が来るのか、考えるだけで恐ろしい。ここは逃げるが勝ちだと、扉に手を掛ける。
「今は中に入らない方が良いですよ」
扉を開いた所で背後からそんな声が聞こえた。その直後、辺りに大きな爆音が響いた。宿の一室からもくもくと黒煙があふれ出てくる。
煙の向こうにかすかに見えた人影に、ジェイドの言葉の意味を悟った。確かにここに居ては危険だ。黒煙の発生場所は宿の食堂で、見えた人影はナタリア。つまり、爆発したのはナタリアの料理で、ここで見つかってしまえばもれなく味見役にされてしまう。
自分の部屋で着替えをしたかったが、命にはかえられない。
ナタリアに気付かれないように、そっと宿の外へと抜け出した。
「テメェ、何て格好してやがる!」
視界に鮮やかな紅が映ったと思ったら、怒鳴り声が飛んできた。彼―アッシュに往来でこうやって怒鳴られるのももう慣れたものだ。
ティアに着替えさせられてしまい、他に着る服がない。そう言うと、ぐいと手を引かれてアッシュの泊まる宿に連れて行かれた。
「同じ顔でそんな格好をして歩かれたら迷惑だ」
そう言いながら、投げつけるように服を渡された。その服からはアッシュのにおいがしてちょっと嬉しかった。それ着替えると、やっとモンコレから解放された事にほっとした。
ちらとアッシュの方を見ると、アッシュはこちらに興味がないというように、ベッドに腰掛けて剣の手入れをしている。まるでこの場に自分など居ないかのように。いつもの事だけれども、少しくらいは自分の事を構って欲しいと思う。
それに、今日は特別な日なのだ。
少しだけ勇気を出して、特別な呪文を紡ぎ出す。
「Trick or Treat!」
アッシュが手を止め、顔を上げてこちらを見る。二人の視線が交わった。
「いたずらしてみろよ」
――― 出来るものならな。
続けて、そう聞こえた気がした。
「ああ、やってやるよ」
挑戦には受けて立つ。
不敵な笑みを浮かべた後、アッシュにいたずら ――― キスを仕掛けに行った。