バタバタバタ。
脇目もふらずに真っ直ぐにこの部屋へと向かってくる足音が聞こえる。
だからきっともうすぐ、息を切らせながらも満面の笑みを浮かべ、彼がこの部屋の扉を開く。
「アッシュ……!!」
壊れそうな勢いで開かれた扉の向こうから、ルークが勢い良く飛び込んで来た。余程急いで走ってきたようで、整えてあっただろう髪や衣服がすっかりと乱れてしまっている。
部屋の隅に置かれた机で公務を行っていたアッシュの姿を視界に捕らえると、ルークは華も綻ぶような笑顔を浮かべた。そして、手に持っていた荷物を近くのソファに置くと同時に駆け出し、アッシュに飛び付いた。
「逢いたかった!」
たった一週間。アルビオールのおかげで、移動にあまり時間が掛からなかったこその期間。ルークはアッシュと離れて視察に出掛けていた。
二人で無事にこのオールドラントへ帰還してから暫く経った頃、二人は子爵として公務を行うようになった。各々の性格を考慮してか、アッシュに回されるのは主に書類の処理か議会への参加、ルークには各地への視察。人懐っこくて誰とも打ち解けられるルークの視察は、毎回人々にとても歓迎されているらしい。かといってまだまだ彼は勉強不足であり、屋敷で政治や時事を学んだり、時にはアッシュに教わったりする時間が多い。
けれども時折、こうして一人視察に出掛けて行き、その間は一切触れ合うことが出来ない。
今回の視察は確かベルケンドとシェリダンだった筈だ。ノエルやギンジ、それにアストンと久しぶりに会って会話が弾んだ事だろう。
「アッシュ、おまえもなんか言えよ。まるで俺ばっか寂しかったみてぇじゃん……」
肩に回された腕。触れ合った部分が温かい。
未だ繋ぐ事の出来る回線で声だけは毎日交わしていたけれど、やはりこうやって二人一緒に居られるのが一番いい。
「――― あぁ、俺もだ。逢いたかった、ルーク」
ピクリとルークの腕が震えた。
名を呼ぶのに抵抗は無くなった。もはやルーク≠ニいう名前は彼だけのものだ。けれども、こんな風に自分の心を素直に言葉にする事は滅多に無い。故に、ルークの動揺が顔は見えずとも手に取るようにわかる。
「ア、ア、アッシュ……ッ!?」
案の定真っ赤になっているルークの手を引き、そのまま引き寄せた身体を抱きしめた。
「そうだ、アッシュに土産があるんだ」
暫く二人で抱き合った後、思い出したようにルークがそう言い出した。アッシュの腕からスルリとルークが抜け出ていく。それを名残惜しく思いながら、ルークの言葉を待った。
ソファに戻り、そこに置き去りにされていた荷物を手にしてルークがアッシュの前へと戻る。そして袋の中から何かの包みを取り出し、アッシュに手渡した。
それを受け取り開けてみると、そこには何かの葉で包まれた白い物体が数個入っていた。見た目と匂いから察するに、おそらく食べ物だろう。
「昨日シェリダンでガイに会ったんだ。その時にガイがくれたんだけど、柏餅って言って、ホドでは子供の為の記念日を祝う時に食べる菓子なんだってさ。その日ってイフリートデーカン・シルフ・5らしいから、ちょっと過ぎちゃったんだけど」
ガイがシェリダンに居ても別段おかしくはないが、ここまで用意が良いとなればおそらくはルークの視察の事を知っていたのだろう。少し、面白くない。
「アッシュと一緒に食べようと思って、まだ俺も食べてないんだ」
そう言ってルークが笑う。アッシュの心中などこれっぽっちもわからない様子で。
「……成る程。ガイはやはりガイだったって事だな」
「何だよ、それ」
「子供の為の記念日なんだ。実年齢十一歳のおまえにはピッタリだろう?」
外見はアッシュと同じでも、ルークはまだ十一年しか生きていない。特に生まれたてのルークをずっと世話していたガイにとって、ルークはまだまだ子供みたいなものだろう。
「俺はもう大人だっつーの! アッシュの馬鹿、意地悪!」
こうやって直ぐにふくれる辺りが子供なのだが、本人にはまったくわかっていないようだ。プイとそっぽを向いている姿は可愛いが、いつまでも放っておけば手が付けられなくなる。
結局、折れるのは大抵アッシュの方。
「折角ガイがくれたんだ、有り難く頂いて礼状の一つでも送ってやらないとな」
勿論、その際にさり気なく牽制も忘れずに。
ちらりとこちらを窺うルーク。あと、もう少し。
「ホドの菓子だっていうなら、飲み物もそれに合わせた方がいいだろう。待ってろ、直ぐに淹れてくる」
以前同じようにガイに貰った茶葉がまだ残っている筈だ。
一人キッチンへと向かおうとしたアッシュを、ルークが慌てて追いかける。
「これ入れる皿、取って来ないとな」
そう言ってルークはアッシュに笑いかけた。
肩を並べ、二人は仲良く同じ歩幅でキッチンへと向かった。