Milky Way



「良かったよな、雨が降らなくて」

 アッシュの隣に寄り添うように座り、満天の星空を眺めていたルークが一言呟いた。

「一年にたった一度だけしか逢うことが許されないってのに、雨が降ったらそれすらも無理になっちまうんだろ? だから、今日晴れて本当に良かった」

 幼い頃に絵本で見た織姫と彦星の物語。屋敷にずっと閉じこめられていたあの頃は、ただの物語だと思って何も感じなかった。
 けれど、今は違う。
 仲間達と力を合わせてヴァンを倒し、消滅の覚悟と共にローレライを解放したあの後、奇跡が起きた。大爆発によってアッシュの中へと還る筈だったルークは、ローレライの力によってアッシュと共に再びオールドラントへと舞い戻った。
 どちらが欠けることも無く、ルークとアッシュはファブレ家へと戻り、今共に暮らしている。誰よりも自分に近しくて、愛おしい存在。旅の途中はすれ違ってばかりだったアッシュが、今は隣に居てルークを認めてくれている。それがルークにとって何よりも幸せだった。

「雨が降った程度で諦める奴が腑抜けなんだ」

 ルークの言葉に同意する事なく、それどころか彼らへの非難を口にしたアッシュに、ルークは苦笑を漏らした。

「でもさ、アッシュ。二人を隔てる天の川が増水して、船が渡せる状態じゃなくなるんだ。それじゃ諦めるしかないって」
「船が駄目なら泳いで行け」

 アッシュらしい言葉だった。確かに、ルークも少しはそう思わなくも無い。けれど。

「……無茶言うなって。そうやって無理に逢いに行こうとして、それで命を落としでもしたらどうすんだ。それなら、一年に一度の日だとしても逢えない方がずっといい。だって生きてさえいえれば、いつかは逢えるんだから」

 もしも、あのエルドラントの時のようにアッシュが命を落としたらと思うと、怖くてたまらない。半身がもぎ取られるような痛みと喪失感を、もう二度と味わいたくはないし、アッシュにも与えたくは無い。だから、ルークは今までに増して生きたいと強く願っている。

「まぁ、俺だったら川の水なんざ超振動で消し去って、おまえに逢いに行く」
「……っ!」

 振り向けば、アッシュがいつものように強気な笑みを浮かべていた。





「奴らの場合、自業自得ってのもあるとは思うけどな」

 二人で部屋に戻り、それぞれパジャマに着替え終わってベッドに潜り込んだ時だった。アッシュがぽつりとそんな言葉を発したのは。

「どうして?」
「二人して仕事を放棄した結果、神の怒りを買ったんだ。互いが何より大切な気持ちはわかるが、だからといって己の果たすべき役割を放棄していい道理は無い」

 彼らの仕事を引き継げる相手がいるのならばまだしも、そうでなければ必ず何か弊害を及ぼす。現に織姫は織物の供給を途絶えさせ、彦星は飼い牛を痩せ細らせた。これでは神が怒るのも当然だろう。

「……確かに。その点アッシュは偉いよな。きちんと毎日仕事を終わらせてるもんな」

 あの書類の山をきっちり一日で片付けてしまえるのは、本当に凄いと思う。ルークには間違っても無理な量だ。実際、目にするだけでも気が遠くなりそうなのだ。

「でもやっぱり、一日に逢えるのが僅かな時間だけってのは寂しいって思うよ。まぁ……アッシュは忙しいから仕方ないんだけど」

 邪魔をしてはいけないと思って、ルークはたとえ手空きの時間でもアッシュの仕事場には近付かないようにしていた。

「別にあれくらいの量、なんて事は無い。要は気の持ちようだ。これが終われば逢いに行けると、そう思えば自然と仕事も捗る。それに昼が駄目でも、夜があるだろう……?」

ニヤリ、と。そんな笑みを浮かべたアッシュが、素早くルークに覆い被さった。

「アッシュ!? まさか、今からすんのか?」
「そのまさかだ。……嫌か?」
「……嫌、ではないけど……」

 もう夜も遅い。まだまだ勉強中で、故に回ってくる仕事も少ない自分と違って、アッシュは連日山のような仕事に追われている。十分な休養を取れなかったら、明日に障るのではないだろうか。

「なら、少し黙っていろ」

 アッシュが首筋に顔を埋める。直後、ちくりとした痛みが走った。恐らくは、見えるか見えないかギリギリのラインにキスマークが残されたのだろう。
 季節は夏。もうかなり暑いというのに、これでは人前で上着を脱ぐことさえ許されない。
 実はアッシュはそれを狙ってわざとやっているのだという事に、ルークはまだ気付けない。それは他の奴らにルークの肌を見せたくないという、アッシュの独占欲。

「見えるトコに痕付けるなっつったのに……アッシュの馬鹿」

 そう言いざまに、ルークがアッシュの首筋へと噛み付いた。不意を付かれたのは今度はアッシュの方。これでアッシュも明日から消えるまでこの噛み痕を隠さなければならない。歯形の方が格段に分が悪いのは、倍返しのつもりだろうか。

「――― 覚悟しろよ、ルーク」

 してやったり、と目の前で満足げに笑うルークを、アッシュは今度こそ逃がさないように腕の中に閉じこめた。




 
7月のアッシュオンリーで配布したペーパーの裏に載せていたSS。
前回同様、季節を狙って七夕ネタ。
たぶん、後半が一番書きたかったのだと思われ……。
2008.08.25