「なあ、アッシュ。次はあっち行こうぜ! うわっ、あのたこ焼きうまそう!」
「ほぉ……俺にタコを食えと言うんだな、おまえは?」
満面の笑みではしゃぐルークの隣から、地を這うような低い声が放たれた。眉間の皺はいつもの三割り増し。不機嫌さを隠す事もせず、アッシュは隣に並んでいるルークをジロリと睨み付けた。
「えー…。じゃあ、あっちの焼きそばでもいい! もちろん、ニンジンは避けてなっ」
そう言ってルークが指差す先には、焼きそばの屋台がある。香ばしい匂いが辺りに漂い、それに惹かれた何人かの通行人が屋台の軒先に引き込まれていく。
たこ焼きと焼きそば。アッシュにとっては、比べるまでもなく焼きそばの勝利。ニンジンは避けて食えば良いが、たこ焼きからタコを除いたらそれはもう別の食べ物だ。
「そこで待ってろ」
「うん!」
数分後、焼きそばを一つ手にしてルークの下に戻ったアッシュは、そのまま人混みから外れて大きな樹の下へと座り込む。それを見たルークも、同様に彼の隣に座った。
遠くから祭囃子が聞こえる。
屋台が並び、各地から集まった人々で賑わう街道。親子連れや、寄り添う恋人達の顔は幸せに彩られている。
そんな中、一人でこの場にいる自分は他の人の目にどう映っていたのだろうか。
「アッシュ、早くっ!」
隣で焼きそばに目を輝かせているルークは、アッシュ以外の誰にも見えないし、その声も届かない。そしてアッシュでさえ、彼に触れる事は出来ない。
伸ばした手が、彼の身体を通り抜けていったあの衝撃はまだ忘れられない。
エルドラントでの決着の後、この世界へと戻って来れたのは、死んだ筈のアッシュただ一人だった。そんな事冗談じゃないと思ってルークが戻る術を捜したが、見付かるどころか絶望するばかりだった。聞かされた大爆発の真実。何もかも奪われたと憤っていたくせに、本当は逆だったのだと自嘲した。
何もかも諦めかけたその時だった。
自分の前に、ひょっこりとルークが姿を現したのは。以前と変わらぬ顔でへらりと笑うルークの姿に、一気にアッシュの怒りが爆発した。一発殴ってやろうと突き出した拳は、しかしながらルークには届かなかった。
この時、ルークが既にこの世の理から外れている事を知った。
「……アッシュ?」
訝しげにルークが覗き込んでくる。その声に我に返ったアッシュは、パックの蓋を開けて少し冷めてしまった焼きそばを一口食べた。なんて事のない、普通の味だった。
けれども今のルークには食べ物を食べる事も、その香りを楽しむ事も出来ないのだ。
「やっぱうまいなぁ。 ――― ありがと、アッシュ。俺の我が儘きいてくれて」
ルークは嬉しそうに笑う。
完全同位体であるアッシュとリンクを繋ぐ事でのみ、ルークは味を、香りを知ることが出来る。だから時折、ルークはこうしてねだってくる。
祭りに行きたいと言ったのもルークだった。普段のアッシュならば絶対にこんな人の多い場所には近寄ろうともしない。ましてや今の状態では、一人で祭りに来た寂しい人に見られる可能性だって低くはない。それでもこうしてやって来たのは、ルークの望みを叶えたいと思ったからだ。
「祭りは、楽しいか?」
「うん。人一杯で賑やかで、みんな嬉しそうで。それ見てるだけでも楽しい」
ルークにはただ見ている事しか出来ない。それでも、周りを眺めながら彼は本当に嬉しそうに微笑むのだ。
「でも、アッシュと手が繋げれば、もっと良かったな。まぁ、無理なんだけど」
「……すまない」
「あ、別にアッシュが悪いんじゃないんだから謝るなよ。それに、たとえ身体が無くなってもアッシュの傍に居たいって、ローレライに頼んだのは俺なんだし」
アッシュ以外には見えないし喋れない。この先誰とも触れ合う事も出来ない。更には、この世界に居られる時間さえ定められている。だが、それでも帰りたいと望んだのはルーク自身だった。
「へへ、やっぱアッシュは優しいな。俺、アッシュと一緒にいられるだけで嬉しいんだ。幸せなんだ」
帰ってきて良かったと、ルークは笑う。
アッシュもまた、それを嬉しいと感じている。
「あれ……アッシュ照れてる? 顔がちょっと赤い」
「照れてねぇ!」
「でも……」
「うるせぇ、黙れ」
口が悪いのは相変わらずだ。それでも『屑』や『レプリカ』とは呼ばなくなった。
「……次は何食うんだ? 言っておくが、俺にも限界ってもんがあるからな。優先順位はしっかり決めておけよ、ルーク」
ルーク、と。あれからずっと名前で呼んでくれる。アッシュから貰った、大切な名前で。
「やった! それじゃ次は……えっと……」
まだ焼きそばを食べ終わらぬ内に、ルークは次を考え始めた。
祭りの夜は、まだこれからだった。