月とうさぎ



 いつものように回線を繋いでレプリカへと連絡を取れば、用事があるので直ぐに来てくれと、やけにせっぱ詰まった声がした。こちらの用件だけを伝えて切ろうと思っていたのに、話の間の僅かな隙を付いて言われてしまえば、もはやそれを無視する事は難しかった。
 運が良いのか悪いのか、指定された場所は今居る場所の近くであって、アルビオールを使えば直ぐに向かえる距離。ギンジにその旨を伝えると、彼は二つ返事で了承してアルビオールを飛ばしてくれた。



 急ぎ駆け付けたというのに、この仕打ちは何だろうか。
 宿の部屋へと辿り着けば、出会い頭に何かを口一杯に押し込められた。
 六神将ともあろう者が、完全に不意をつかれたのは何とも情けないが、まさかこんな事になるとは予想も出来なかったのだから仕方ないとも言えよう。
 第一、相手が相手なのだから。

「……テ、メェ、いきなり何しやがる!」

 何とか詰められたものを租借し飲み込むと、アッシュは息苦しさの為にうっすら涙の浮かぶ目で目の前の相手―ルークを睨み付けた。
 その射殺すような視線に、ルークは一瞬だけ怯んだが、やがておずおずと口を開いた。このような視線を受ける事など、彼にとっては既に日常茶飯事。流石に慣れているようで、立ち直りは早い。

「だってさ、俺達が月見ながら団子食わねぇと、うさぎが月に帰れないんだろ?」

 返ってきた言葉に、アッシュは一瞬我が耳を疑った。
 お伽話と迷信と年間行事が混ざっている。一体誰だ、コイツにこんな間違った知識を与えたのは。髪を切ってからというもの、前にもまして人を疑うという事を知らないこのレプリカは、人から与えられれば嘘だって直ぐに信じてしまう。
 今自分がここで訂正しなければ、いつまで経ってもこの間違った知識を持ち続ける可能性は決して低くはない。
 損な役回りだと自覚しつつも、結局は放っておけないアッシュだった。

「……うさぎは月になんか帰らねぇよ。ずっと地上で生きる生物だ」
「え……そうなんだ」
「それより、そんな事誰に聞いた? ガイか? それともあの眼鏡か? マルクトの皇帝か?」

 散々手抜きだと言われている教育係か、もしくはこのレプリカを散々弄って遊んでいるあの鬼畜眼鏡か、彼の上司である皇帝陛下。その辺りしか思いつかない。

「えっと……誰だっけ。いろんな人から聞いたから覚えてないんだよなぁ」

 母上だろ、ガイだろ、ナタリアだろ……、と指折り数えていくルークの姿に、アッシュは深くため息をついた。どうやら複数人に聞いた複数の話を、ルークが勝手に一つに混ぜてしまったようだ。

「月に帰るのは、お伽話の『かぐや姫』だ。それから月にはうさぎが住んでいるという話もあるがそれは迷信で、月を見ながら団子を食べるのは十五夜の行事だ。聞いた話を全部混ぜるな、この屑が!」
「あっ……そうだ、そんな感じだった!」
「大体、この団子を用意した時に誰かに何か言われなかったのか?」

 味は普通だったこれをルーク一人で作れたとは思えないので、必ず協力者は居た筈だ。だから誰か一人くらい、この馬鹿を止める者が居なかったのか。

「だからあの時、アニスとジェイドがやけに意味深な笑みを浮かべてたわけだ。あいつら、俺の話が間違ってるって知ってたなら教えてくれれば良かったのに。一応おかしいとは思ったんだ、あのアニスが文句一つ言わずに協力してくれたし」

 それは絶対にありえないなとアッシュは思った。あの面白いものは逃さない二人組が、目の前のカモを逃す筈がない。特にあのジェイドはアッシュでさえ敵わないのだ。ルークが相手に出来る者ではない。

「ったく、こんな事で人を呼び出しやがって」
「…………ごめん」

 アッシュが呟いた言葉に、ルークがビクリと肩を揺らした。それから消え入るような声で謝罪の言葉を呟く。
 嫌われたらどうしよう。俯くルークからはそんな声が聞こえてくるようだった。

「おい」

 結局、自分はこのレプリカに甘いのだと、半ば諦めている。だから救いの手を差し伸べるように、アッシュはルークに声を掛けた。

「月見、するんだろ? 団子持ってついて来い」

 言うや否や歩き出したアッシュの姿を目に捕らえ、ルークは慌ててその後を追いかけた。手にはまだ沢山の団子が乗った皿を抱えながら。

「何処行くんだ?」

 街の外へと向かっているのには気付いていたが、何故そこへ向かうのかがわからない。

「アルビオールが停めてある。その上でならゆっくり月が眺められるだろう。ついでに、ギンジに差し入れでもしてやれ」

 言葉は素っ気ないが、自分の我が儘にアッシュが付き合ってくれるのだと思うと、凄く嬉しく思った。

「アッシュ、大好き!」
「……っ、馬鹿言ってないでさっさと歩け!」

 少し足を速めたアッシュに置いて行かれないように、ルークも歩みを合わせて隣に並んだ。




 
10月の大使オンリーで配布したペーパーの裏に載せていたSS。
確か仕事中にネタが降ってきたお月見話です。しかし、いつ見てもバカっぽい事この上ない。
2009.01.01