「なぁ、今日こっちで一緒に寝ていいか?」
ふかふかの枕を抱えながら上目遣いで問いかけてくる相手に、どうして否と答えられようか。
アッシュはため息を飲み込んで、ルークの言葉に頷いた。
年の終わりという事で日々の仕事が増していた為、ここ数日ルークとはすれ違ってばかりだった。部屋は隣同士で、呼びかければ声が届く距離に居たとしても、翌日に備えて休養を優先した二人の時間が重なる事はなくて。
正直に言えば、アッシュにとって我慢の限界だった。そんな所にルークがやって来て、ああやはり同位体なのだと再認識したのはいいが、その先が問題だ。まるで鴨がネギを背負ってきたこの状況に、アッシュは耐えられる自信がなかった。
だが、肝心の相手にその気はあまり無さそうに見えた。
「……チーグルはどうした?」
いつもルークの後をちょこちょことついて来る、あの青い魔物の姿が見えない。
「母上の所に預けてきた。今日はアッシュと二人で過ごしたいって言ったら、なんかすげぇ喜んでたなぁ」
流石母親というべきか、自分から言った事は無かったが全て知られているらしい。気を逸らそうと口にした言葉がまさかこんな爆弾発言を引き出そうとは思いもしなかった。
まぁ、知られた所で何か問題があるという訳でもないのだけれども。寧ろ応援して貰えるのならばそれはそれで心強い……のかもしれない。
じっと考え込むアッシュの隣にルークが腰掛ける。ベッドがその重みで僅かに軋んだ。次いで、左肩に感じる重みとぬくもり。僅かに驚いてそちらに視線を移せば、寄りかかって目を閉じているルークの姿が目に入った。
「……眠いのか?」
本来ならばもうとっくに寝ている時間なのだ。見た目は大人であるとはいえ、実年齢はまだまだ子供ゆえにルークは夜更かしが苦手だ。公務での疲労も重なっている筈なのに、何故ルークは此処へやってきたのだろう。
「ん……まだ大丈夫。でももう少し、このままで。こうやってアッシュにくっついてると、凄く落ち着くから」
「ああ」
確かに、これ以上ない程に落ち着く。
相手から感じる久しぶりのぬくもりが心地良い。
「ここんとこ、忙しくてロクに顔も合わせられなかっただろ? それを終えたら何か急に寂しくなっちまってさ」
だからアッシュを補給しに来た、とルークは笑う。
「それにさ、新しい年になった時、一番にアッシュにおめでとう≠チて言いたくて。だから今日は頑張って日が変わるまで起きてるつもりなんだ」
ルーク一人で居るときっと寝てしまうから。そうならない為にも、眠気の限界が来る前にこうして部屋を訪ねてきたのだと、ルークが苦笑を浮かべた。
黙っていればそんな事までわからなかったものを、この愛しい半身は何処までも馬鹿正直だ。だが、新しい年を迎えた瞬間に初めて紡がれる言葉を独り占め出来る事に、純粋に嬉しいと感じた。最初にルークの声を聞くのも、その瞳に最初に映るのも、他の誰でも無くこの自分なのだ。
それは、ルークにとって特別なのだと言われているも同然。
アッシュの中で、先程までの考えが消え去っていく。
「ルーク」
「……ん?」
余程眠いのか、言葉がおぼつかない。
「眠ければ我慢しなくてもいい」
「……でも……っ!」
「日が変わる前に起こしてやるから。だから、無理はしなくてもいい」
ちらと横目で時計を見遣る。
もうそんなに時間は残されていないけれど、それでも多少は休ませてやる事が出来る。
「絶対起こしてくれよ?」
「ああ、約束してやるよ」
そう言ってルークに向けて微笑む。
まだ指切りは好きになれないからやらない。けれど、約束は守る。諦めなければ叶うと知った、あの時の約束のように。
「……うん。それじゃあ、悪ぃけど……」
そこで言葉が途切れた。安心した途端、まるで糸が切れたように眠ってしまったルークの頭をアッシュが優しく撫でる。
この上なく穏やかで優しい笑みを浮かべながら。
日付が変わるまであと五分。
そろそろ時間だ。穏やかな寝息をたてながら寄りかかっているルークを起こさなければならない。
必ず起こすと約束したものの、彼の寝起きは非常に悪い。寝穢さばかりは屋敷時代から治ってはいない。
案の定、軽く声を掛けて揺さぶっただけでは覚醒は促せなかった。それならば、どうするか。
「ま、起きない方が悪いって事だ」
誰に聞かせるでもない呟きを漏らすと、アッシュはルークの唇に己のそれを重ねた。漏れる吐息を飲み込んで、更に相手の咥内へと進入し。
「んぅ……っ!?」
それで漸く目を醒ましたルークを解放すると、アッシュはニヤリと意地悪く笑った。そして告げる。
「明けましておめでとう、ルーク」
「……っ! おめでとう、アッシュ! 今年もよろしくなっ!」
ルークも負けじと言い返す。
時計の針は丁度零時を指していた。