あとのまつり



 こんな事になるのならば、あの時ルークではなく自分が配達に出掛ければ良かった。今更そう思っても仕方のない事だとわかっていても、ガイはそう思わずにはいられなかった。
 あのバレンタインの配達の後から、暫くの間ルークの様子がおかしかった。問いかけても『何でもない、大丈夫だから』という返答しか得られなかったが、それがかえってガイに言いようのない不安を与えた。
 だが、時間が経つとルークの様子はすっかり元に戻ったので、ガイもそれ以上は追求しなかった。―出来なかったというのが正しいのかもしれない。
ルークと一緒に働く事が出来て、その上、時折閉店後に店長がお茶を淹れてくれて、余ったケーキと一緒に三人でお茶会を開いて。女性嫌いのガイがこの場所でバイトしているのは、この時間が好きだからだ。このささやかな幸せを壊したくなかったから、ルークにそれ以上訊かなかった。
 それでいいと思っていた。
 ――― そう、彼がやってくるまでは。



「俺はガイ・セシル。ここでのバイトは二年くらいなんだ。これからよろしくな」

 丁寧に挨拶してきた彼―アッシュに、内心の動揺を隠しながらガイも挨拶を返した。
店長から今日新しいバイトが入るとは聞いていた。女ではないという事だったのでホッとしていたのだが、思い返してみれば事前に貰った情報はそれだけだった。
 だから、休憩しようとバックルームに戻った時、そこに彼の姿を見て本気で驚いた。
もう何度も客として店に来てくれていたので、顔と名前は見知っていた。その彼がまさかバイト希望としてやってくるとは、ガイとて予想できなかった。確か彼の家はかなりの資産家ではなかっただろうか。ガイのように生活費を稼ぐためにバイトをしなければならない、というようにはとてもじゃないが思えない。だから、彼がバイトをする理由が思いつかなかった。
 だからだろう、何故か嫌な予感がした。
 店に出る支度をしているアッシュの方を、ガイはちらと見遣った。
長い髪を後ろで一つに束ね、店のロゴの入ったエプロンをきっちりと身につけたアッシュは、女性客が見過ごさないだろうなと思えるほどに格好良かった。そんな彼はルークが店に居る時と店長が忙しい時は調理の方を手伝い、その他は販売と接客にまわるらしい。
これで女性客の気がいくらか彼にまわるのだろう。ガイとしては非常に助かるが、どうしてか素直に喜べなかった。多分、少し前に感じた嫌な予感がどうにも消えてくれやしないせいだろう。
 とりあえず温かな飲み物でも飲んで落ち着こうと思い、自分専用に置いてあるカップにコーヒーを淹れて椅子に座った。少淹れたてのコーヒーは少し熱いが、飲めない程でもない。一口飲んでほっと息を付く。
 その横を、支度を終えたアッシュが通り過ぎる。

「ルークは渡さねぇからな」

 投げ掛けられた言葉に、ガイは一瞬固まった。

「……なっ!?」

 我に返って慌てて振り向けば、不敵な笑みを浮かべたアッシュと目が合った。自信に満ちた、挑戦的な瞳。言葉にしなくともわかる。これは明らかにこちらへ向けた挑戦状だ。
 動揺の色を隠せないガイを置いて、アッシュはそのまま部屋から出て行った。
 今、何故彼がバイトにやってきたのか、はっきりとわかった。そして、恐らくあのバレンタインの日に何があったのかも予想がついた。
 アッシュの目的は間違いなくルークにある。
 そして、ガイもルークに気がある事に気付いて、ああしてわざわざ挑戦を叩き付けてきたのだ。
 そうとわかった瞬間、ガイの中でアッシュへの対抗心が芽生えた。絶対に負けてなるものか。ルークを思い続けた時間の長さも気持ちも、彼に負けているとは思わない。この幸せを手放す気はない。

「こちらこそ、ルークは渡さないからな」

 誰に聞かせるでもなくガイは呟いた。

 だが、数年越しのガイの想いが潰えるまでに、あまり時間は残されていなかった。それをガイが知る由はない。




 
3月のインテで配布したペーパーの裏に載せていたSS。
本編落としたというのに、ペーパーはこんなのでした。ホントにすいません……。

2009.05.09