Halloween Wars



平穏な日常。柔らかな日差しが降り注ぐ朝の風景。

「なぁ、アッシュ」
「―――なんだ」
「交換、しねぇ……?」
「断る」

 声を掛けるルークに対し、その姿を見る事も無く言い切るアッシュ。己の手元へ視線を寄せるその眉間に刻まれた皺はいつもより多い。
 すっぱりとアッシュに断られたルークは、手にした布の塊を握りしめブルブルと身体を震わせながら叫んだ。

「何で俺だけ女物の衣装なんだよっ!?」

 黒とオレンジを基調としたワンピース。その丈は情け容赦のない膝上ほどの長さで、露出する足の為に同色の縞模様のニーソックスが揃いで用意されていた。そして定番のとんがり帽子と小道具の箒。それら全てを身に着けたその姿を見れば、誰もが魔女だと思うだろう。
 しかし、それを渡されたルークは男。着ろと言われて躊躇いなく着れるはずもなく、ささやかな抵抗を試みたという訳だ。
 それにすっぱりと拒否の意志を示したアッシュの手元にあるのは大きな黒いマントと同色のスーツ、それと作り物の牙。ヴァンパイアのコスチューム。
 確かに魔女と比べれば数段マシだと思われるが、それでもと躊躇うアッシュの手元からそれを奪おうと手を伸ばしたルークは、逆にその腕を捕まれ傍へと引き寄せられた。苦しい体勢に文句の一つでも言おうと顔を上げれば視界に映る紅と翡翠。
 真っ直ぐに見つめられて思わずたじろいだ。

「アッシュが着ないなら俺がそっちにしようと思ってっ! ほら、俺らって身体のサイズ一緒だし!」
「誰が交換してやるって言ったか?」
「ッ……、でもアッシュだって着替えようとしてないじゃんか」
「―――今から着替えるところだ。おまえももう諦めろ。早くしないと母上が待っている」

 一足先に諦めたように身に纏った衣服を脱いでいくアッシュ。確かにこれ以上駄々をこねていればあの母上の事、ここまで乗り込んできた上更に凄い衣装が用意される事だろう。いやもしかしなくても既に控えなど幾らでも用意されていたりしないだろうか。
 数日前にナタリアとティアがやってきて母上とお茶をしていたが、今思えばあれは今日の打ち合わせだったのだろうか。帰っていく彼女らを見送った際、やたらと上機嫌だったのを覚えている。そこまで考えて無理矢理に思考を止めた。これ以上は危険だ。
 どう抗ったとて今以上に状況が良くなる事はまずなく、悪くなる可能性なら無限にある現状。アッシュに習って大人しく従った方が良さそうだと流石にルークも諦めて己の衣服に手を掛けた。



 ファブレ夫妻の寝室。
 その奥のベッドに腰掛け、彼らの母親であるシュザンヌが微笑んだ。

「ほらルーク、隠れていないで母に姿を見せて下さいな」

 その声を聞いて、アッシュの背後からルークがそっと顔を覗かせた。
 アッシュのマントの影に隠れつつ此処までやって来たが、途中すれ違ったメイドや白光騎士団の人達にやけに微笑ましげな目で見られたような気がして、穴があったら入りたい程に恥ずかしい。一体いつまでこんな格好をしていなければならないのか。
 にこにこと微笑む母をちらと見遣る。きっと彼女が満足しない限りこの格好とおさらばすることは不可能だろう。だとすれば覚悟を決めるしかない。後少し。後少しだけ耐えれば良いのだと自分に言い聞かせながら、ルークはアッシュの背後からそっと抜け出て母の前へと姿を現した。

「まぁ、思った通りとても可愛いわ、ルーク。それにアッシュも良く似合っていますこと」
「…可愛いって…うぅ…俺男なのに…」

 頬を染めながら喜ぶシュザンヌに、可愛いと言われショックを受けるルーク。
 そんな二人を眺めつつもアッシュは冷静だった。

「それで母上、これは一体何なのですか?」

 今日が何の日であるのかと、そしてこの格好から考えればおおよその検討はついていた。この後待ち受けているだろう事に対しても。だがどうかそれは己の杞憂であって欲しいと願いつつ、アッシュは問いかけた。

「今日はハロウィンですもの。既に全ての手筈は整えてあります。とびきりの仮装をして皆を驚かせていらっしゃい」

 そう、とびきりの笑顔で言い切るシュザンヌ。
 その言葉からアッシュは悟った。既に手遅れだ。諦めるしか術はない。

「皆って、近くにいるのナタリアしかいないよなぁ…後はマルクトとかダアトだし。この格好見られるのまだナタリアだけなら…それでも十分嫌だけど」

 共に旅した仲間の顔を思い出しながらぶつぶつと呟くルーク。確かに居場所がバラバラな皆の所を全てまわろうと思えば相当な日数を要する事となる。限られた休暇の間に出来る事ではない。
 それにアッシュとてこの様な格好を皆に曝す真似はしたくはない。
 そう考えてアッシュはほっと息を吐くが、だがやはり彼らの母親の方が一枚どころか遥かに上手だった。
 直後、彼女はこう宣ったのだ。

「アルビオールの使用許可を取ってあります」

 と。
 あまりの手際の良さに二人は言葉もない。ただその胸の内に『人間諦めが肝心』という言葉がずしりと沈んだ。

「前もって6人の仲間の方々には連絡を入れてあります。アッシュ、ルーク。それぞれ3人ずつがノルマです」
「……6人って事は、まさかミュウも入ってんのか!?」

 ルークと共に旅をした仲間は、今は亡き導師イオンを除けば5人。シュザンヌが提示した人数よりも一人少ない。果たして聖獣は一人とカウントされるのかは謎だが、そうでもしなければ人数が合わない。
 しきりに疑問符を浮かべているルークは放置し、アッシュはシュザンヌに向き合った。もう何も驚かない。驚いてなるものか。

「それで、どっちが誰の元へ行くかというのはこちらで決めても良いのですか?」

 そんな事をすればさっさと楽な人物の元へアッシュが行ってしまうと分かっているだろう彼女が、何も考えていないとは思えなかった。
 そんなアッシュの考えを全て見透かしたかのように、シュザンヌはあらかじめ用意しておいた封筒を6通取り出した。そしてそれをトランプのように両手で支えると、二人の目の前へと翳す。

「誰の元へ行くのかはこれで決めます。交互に一枚ずつお取りなさい」

 まずはアッシュ、というようにシュザンヌの目は真っ直ぐに彼を射抜いた。
 アッシュは思わずごくりと唾を飲み込み、それからゆっくりとその中の一通に手を伸ばした。



 手にした写真の中の人物―――ジェイド・カーティスは相変わらず似非くさい笑みを浮かべていた。まるで本人に見られているようなリアルさに何とも言えない複雑な気分だ。
 よりによって唯一と言って良い程に苦手な人物を引き当てるとは、アッシュはつくづく己の運の悪さを呪った。

 シュザンヌから受け取った封筒の中に入っていたのは一枚の写真。確かにこれならば一発で誰が当たったのかが見て取れる。
 だが、正直嬉しくない。まだ名前が書かれた紙切れが出てきた方が何倍も良かったと、思わず手にした写真を握りつぶしたい衝動に駆られた。そんな事をすれば色々と怖そうなので実際には出来はしないのだけれども。
 写真を手にしたまま固まってしまったアッシュの手元を覗いたルークは、心の中で彼にそっと同情した。よりによって一発目から一番の大当たりを引いてしまうアッシュの運はある意味最強なのではないだろうか。
 だがアッシュには悪いがジェイドさえ出てしまえばまだ後は耐えられる。出来ればガイあたりの無難な所が出ないだろうかと願いつつ、残り五枚のうちの一枚を選び、封を開けて中の写真をとり出した。

(……え……?)

 写真を持った手がブルブルと震える。これは人の不幸を喜んだ己への天罰だろうか。

(何で何でなんでーーーーーっ!)

 何故この人がさも当然のように混ざっているのだろうかと考えかけて直ぐに止めた。それから、なんだミュウじゃなかったのかと頭の中の何処か遠い所で納得する。現実逃避だ。

 そこにはマルクトの王、ピオニー陛下が満面の笑みを浮かべて写っていた。



 かくして二人の戦いは始まった。




 
季節なんて気にしちゃあいけません。ハロウィンなんて遠く彼方に過ぎ去った後だなんてそんな!
陛下好きなので出すのが楽しいです。でもってジェイドはアッシュいじめに使うのが好き(酷)
続きは要望があるか気が向いたら書くかも…。
2007.11.10