夢を視た。
 真っ白な部屋の中で行われた、己の存在をかけた最期の戦いの夢を。
 その戦いの決着がついた後、彼は儚い笑みを浮かべながら口を開いた。
 それが決して叶う筈が無い事や、自分のこれからの運命さえも全て知っていて、それでも口に出さずにはいられなかったのだろう。
 まるで祈りにも似た願い事だった。



見たいものがあるんだ




 二人で再びオールドラントへ降り立った成人の儀の夜から、気付けば季節が一巡りしようとしていた。
 ファブレの名を持つルークは勿論、アッシュも『アッシュ・フォン・ファブレ』の名と爵位を受けてファブレ家へと戻ってからはそれなりに忙しい日々を送っていた。子爵としての公務をこなす傍ら、知識不足を補うための勉強を行っている。時間が幾らあっても足りない程だ。
 それはルークも同じだった。昔勉強をサボっていたツケが回ってきた為に、今は家庭教師を付けて寸暇を惜しんで勉強に勤しんでいる。アッシュのレプリカなのだから元々ルークは頭は悪くない。要はやる気の問題だったようで、今はぐんぐんと知識を身に付けているようだった。そして勉強の傍ら、子爵として二人に与えられた領地への視察に出掛けていく。
 同じ屋敷に住んでいても、二人の時間が重なる事は少ない。
 だからこうやって、二人で午後のティータイムを過ごせる時間は何よりも貴重なものとなった。

「どうしたんだ、アッシュ? お代わりいるか?」

 そう言いながら、ルークがじっと見つめてくる。
 手にしたカップの中身は既に半分以下に減り、外気に晒されていた為に少し冷めている。
 メイドに淹れ方を教わったのだと言って、ルークがポットを手に微笑んだ。無言でカップをルークの方へと差し出せば、彼は本当に嬉しそうな様子で温かな紅茶をカップへと注ぎ込んだ。

「はい、どうぞ!」
「……ああ」

 ルークにつられて自然とこちらの顔も綻んだ。

「……美味いな」
「そっか、良かった。あんまり練習する時間なくてさ、ちょっと心配だったからさ」

 照れ隠しのように自分のカップにも紅茶を注ぐと、ルークは手のひらでカップを包み込んだ。淹れたての紅茶は熱くて、猫舌の彼には直ぐには飲めないようだ。本人は子供っぽくて嫌だと言うが、外見はともかく中身はまだ十歳の子供なのだからその光景は微笑ましくもある。暫くそんな様子を眺めていたら、視線に気付いたルークが不意に立ち上がった。

「やっぱ今日のアッシュ変だ。仕事で疲れてるのか? 無理してないか? 大丈夫か?」

 テーブルの向こうから身を乗り出し、手を伸ばして額に触れる。伝わった感覚から熱は無いと分かったようでホッとしたような息が漏れ、ルークが身を引く。
 触れていたルークの温かな手が離れていくのを、少し残念に思った。
 病気ではないと分かってもルークの顔からは心配の色が消えない。次はいつ取れるかもわからない折角のティータイムに、そんな表情をさせているのは勿体無いと思う。同様に、こんな気分でいる事も。

「ルーク」

 今朝視た夢。
 ルークに対して全ての蟠りが消えたとは言えないが、少なくともあの時抱いていた様な憎しみはもう無い。大爆発の誤解も解け、ローレライのおかげで再発の危険性も無くなった。世界は平和になり、こうしてファブレ家で暮らす生活の中では命の危険も殆ど無い。
 だから、今度こそ問う事が出来る。あの時ルークが求めていたものが何だったのかを。

「あの時、エルドラントでおまえは"何を"願った……?」

―――見たいものがあるんだ。
そう言って、儚く微笑った。

 問いかけられたルークは一瞬きょとんとした表情を浮かべて、そして直ぐに何かを思いだしたように苦笑した。

「覚えててくれたんだ」
「……今まで忘れていた。今朝夢で視て思い出した」
「そっか。でも、もういいんだ。あの願いは既に叶ったから」

―――見たいものがあったんだ。
そう言って、幸せそうに微笑んだ。

「アッシュの笑った顔が見たかったんだ」

 それを聞いたアッシュは、綺麗な笑みを浮かべた。




 
お題を最初に見た時にパッと浮かんだものですが、アシュルクでED後の話です。
素敵な企画に参加させていただいた主催者様と共催者様、そしてご覧下さった方に感謝を。
2008.12.13 日生柊