どうしてこんな事になったのだろうか。
いや、全てはおれが悪いんだろうけども。せめて内容を聞いてから返事をすれば良かったと、後悔しても時既に遅し。
人間の土地へ行くときのようにカラーコンタクトをはめて、そしてカツラをすっぽりと被る。そんでもって何が一番ヤバイかって、着ている服。誰が何処から見ようと明らかに女物。というかお決まりのメイド服で、(血盟城の侍女が着ているものと同じ)ご丁寧にカチューシャまで揃っている。
おれの分はともかくとして。
隣に視線を移すと色違いのそれを身につけたグリ江ちゃん。やっぱりサイズは規格外。一体こんな短時間にどうやって調達したのか謎すぎる。
「やっぱりピッタリサイズ…」
おれに体型が似た侍女って居たっけ?
もしくは元からおれとヨザックの分のメイド服が用意されていたとか…とは思いたくない。きっとグリ江ちゃんの分だけだ、用意されていたのは。
「んじゃ、ルールの説明をしましょうかね。この姿で城内を歩いて、正体がばれた方が負け。簡単でしょう?」
いつものようにゴツイ女装姿のヨザックを見上げて、小首を傾げる。明らかに直ぐにばれるだろう…おれじゃなくてヨザックが。化粧は施していても、髪型はいつもと変わりない。そりゃおれだって初回は騙されたけど、それはヨザックの事知らなかったからで。今はもう見抜けると思う。
「名前を呼ばれた時点で終わりですからね。ずるしちゃぁいけませんよ、終わったら直ぐに相手を捜して申告してくださいねー」
「はいはい、判りました」
「んじゃ、始めますか」
行動は別々。こんな二人組が城内を歩いていたら不審すぎる。
先にヨザックが部屋を出ていって、暫くした後におれもそこを後にした。
「なんでこうなるんだよ…」
隣にいるウェラー卿を睨みながら、おれは深くため息をついた。
あの後何人かの人とすれ違ったけれども、誰一人としておれに気付く者は居なかった。ギュンターとすれ違った時はもう駄目かと思ったが、意外にもばれなかったのにホッとしたのも束の間。
「何してるんですか、陛下?」
「陛下って呼ぶな、名付け親!」
癖というのは恐ろしい。掛けられた声に殆ど反射的に答えてしまった。
「失礼しました、ユーリ。ところでその格好は一体?」
この世の終わりのような絶望感に浸るおれに容赦ないコンラッドの言葉。その声であのセリフを言われたら、嫌でも反応してしまうじゃないか。コンラッドの馬鹿野郎。
これで確実に負けた。罰ゲームはもれなくおれに決定。
「コンラッドのせいでグリ江ちゃんに負けちゃったじゃないかー!」
「あぁ、やっぱりヨザックの仕業ですか。彼も同じ格好していたのでまさかとは思ったんですけど」
おや、おれの前にヨザックに会ったのか。ということはまだ希望が?
「ヨザックと話したのか、コンラッド?」
「いえ、後ろ姿が見えたもので。あの長身じゃ目立ちますしね。珍しくもないのでそのまま特に声も掛けなかったんですが」
やっぱりおれの負けか、負けなのか。
待て、今コンラッドが何か重要なこと言わなかったか?『珍しくもない』って、そうだ、ヨザックの女装なんて珍しくもないんだった。
それに、よく考えたらあんなゴツイ女の人におれだったら声を掛けたくはない。見て見ぬ振り、それが一番。
「あー、おれの馬鹿ーっ!」
少しは無い頭使って考えるべきだった。そうすれば…ってもう遅いけど。遅すぎるけどっ。
「ユーリ?」
心配そうに顔を覗き込むコンラッドが恨めしい。
「…ヨザック、探しに行く」
付き合いますと言って、コンラッドは付いてきた。それを断る気力も既になかった。
ヨザックは直ぐに見つかった。やはり凄く目立つ。長身のメイド服の、しかもゴツイ女が目立たないわけがない。
こちらに気付くと直ぐに彼は近くにやってきた。意地の悪い笑みを浮かべて。
「オレの勝ちのようですねぇ、坊ちゃん」
おれと隣のコンラッドを見て、全てを察したらしい。
「流石隊長、どんな姿でも坊ちゃんなら判るのねぇ」
「当たり前だろう」
誇らしげに言わなくて良いから、コンラッド。そしてそんなに見ないで欲しい。この格好、恥ずかしいから。
でもっていい加減着替えたいんですけど。
「さて、何をしてもらいましょうかねぇ」
「…うっ」
おれの本当の受難は、どうやらこれからのようだ。
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