元来た道を辿って、部屋の前まで着く。
あぁ…辛うじて間に合ったらしい。『陛下ーっ、陛下ーっ!』とギュンターの叫び声が中から聞こえる。このまま放置しておけば部屋の外に飛び出していくだろう。 扉に手を掛けて一気に開いた。大きな音を立てて開いたその先には、やっぱりせっかくの美貌が台無しのギュンターの姿。涙に濡れた目がしっかりとおれの姿を捕らえるのが嫌でも判った。
「あー、ただいま、ギュンター」
「陛下ーっ!」
もの凄い勢いで突進してくるギュンターをひらりと交わすと、そのまま彼は扉にぶつかった。
「あ…」
鈍い音をたててギュンター撃沈。
えーっと、このまま放置で良いかな?特に血とかも出てないし。ギュンター丈夫だし。
仕事の続きをしようと、机の上の山をちらりとみて、やっぱりちょっとだけやる気が失せた。
扉に激突した衝撃から復活したギュンターをなんとか宥め、手伝って貰いながら書類の大半を処理し終えた頃、政務室の扉が数回ノックされた。
「入って良いよー」
相手が声を発しないうちにおれは言った。不用心だと言われようとも、どうせここには見知った者しかやってこない。それに鍵がかかってる訳でもないんだし。
「失礼しますー。お呼びですかぁ、陛下」
明るい声が部屋に響き渡った。声の持ち主はおれが待っていた人物、ヨザックだ。いつ見ても彼の上腕二頭筋は素晴らしい。同じ男としてちょっと羨ましいかも。
「ヨザック!」
手を止めて相手に笑いかける。隣でギュンターの叫び声が聞こえるような気がしたがいつもの事なので無視。
「良かった、来てくれたんだ。あ、時間の方大丈夫?」
そう聞いたおれに向かって、彼はニヤリと笑った。
「あらぁ、陛下。グリ江が居なくて寂しかったのねぇ」
「寂しかったよー、グリ江ちゃん」
そう言いながらひしっと抱き合ってみる。あ、またギュンターの悲鳴が。
眞魔国で一緒に悪ふざけが出来る仲。何度か彼と一緒に旅したが、毎度助けて貰ってばかり。最初こそ嫌われて居たけれど、段々と打ち解けるようになってきたと思う。少なくともおれはヨザックが好きだ。一緒に居て楽しいし、頼りにもなる。
「グリ江ちゃん、苦しい…っ」
ぎゅうぎゅうと締め付けが強くなって、流石に息苦しい。彼の筋力は半端じゃないんだから、少しはおれの状態を察して欲しいと思うんだけど。
「あらぁ、ごめんね陛下」
緩められた腕から抜け出して大きく深呼吸。息が出来るってホント素晴らしい。
息が元通り整うと、ヨザックと共に外へ出た。ギュンターも付いてきそうな勢いだったけれど、そこは丁寧に詫びて辞退して頂いた。
外はいい天気だった。皆忙しいのか中庭には人一人も居らず、くつろぐには最適の環境。小鳥のさえずりをバックに緑に囲まれて昼寝でもすればさぞかし気持ち良いだろう。
「で、坊ちゃん。オレに何かご用ですかぁ?」
彼はおれを『陛下』と『坊ちゃん』と呼び分ける。そりゃ、眞魔国以外でそう呼ばれると危険だと判っているけれど。でもやっぱ堅苦しい『陛下』よりは良いんじゃないかな?更に望むのならば名前で呼んで欲しいかも。
「ヨザックはこれから休暇?今度はいつ出掛けるんだ?」
国外に出てしまえば会える機会も無くなってしまう。
「数日休暇貰ったんですよ。だからあと二・三日はこっちに居ますね」
「じゃあさ、今日はおれに付き合ってくれない?駄目かな、ヨザック?」
「あらぁ、グリ江とデートしたいのぉ?もー、グリ江困っちゃう!」
女装姿でもなく、普段着のままのヨザックがそう言って笑う。やっぱり迫力は女装時の方が数倍上だ。
「聞かせてよ、色んな話。グリ江ちゃんの今までの活躍話をさ」
噴水の縁に二人で並んで座って、端から見たら野郎二人が何してんだろうって思うかもしれない。でも彼と会うのはいつも危機に陥った時で、ゆっくりと話をしたこともない(モルギフの時は険悪だったし)。たまにはこんな風に一緒に居たって良いじゃないか。
ちょっとだけ照れた顔でこちらを見てから、ヨザックは降参とばかりに話を始めた。お庭番として各地でどんな風に活躍してきたのか。どんなピンチをどうやって切り抜けてきたのか。面白おかしく脚色して彼は話していく。おれの知らないヨザックの姿がまるで目に浮かぶようだ。
「そういえば、さ」
話が一段落付いたところで、今度はおれが話を始める。
「前にフォンシュピッツヴェーグ卿の屋敷から助け出してくれた時にさ、おれまで女装させられたよな。何げにフィットサイズだったんだけど、あれってどうやって調達してんの?」
というかグリ江ちゃん。あなたのその身体じゃ女物の服なんて規格外でしょ。まさかまさかオーダーメイド?でもって使用済みの服とかどこに保管してんの?あ、やばい、考えたらキリがない。
「おやぁ、坊ちゃんもついに女装に目覚めたんですかぁ?」
いやいやいや。目覚めたっていうか、グリ江ちゃんに興味があるっていうか。
「あの時はなかなかお似合いでしたよ、グリ江が妬けちゃうくらいに」
「いや、嬉しくないから」
そっちの趣味はおれにはない、残念ながら。
そんなおれの様子を見ながら、ヨザックが企み顔で微笑んだ。生憎おれには見えていない。
「ねぇ、坊ちゃん。グリ江とちょっとしたゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「ええ、負けた方が何か一つ言うことを聞くという事でどうです?それともオレに負けるのが怖いからやめますかぁ?」
別にオレはどっちでも構いませんけどねぇ、と不敵に笑うヨザック。
あー、なんかちょっとむかつく。明らかに挑発されてるって判ってるんだけれども。
「よぉし、受けて立ってやる!」
結局つられてしまうおれであった。