「アッシュ、いるかー?」
軽いノックの音に続いて、ドアの向こうからルークがひょっこりと顔を覗かせた。きょろきょろと部屋の中を見渡し、本の山の向こうに目当ての姿を見つけると、ふわりと顔を綻ばせる。
「部屋に居ないと思ったら、やっぱここか」
後ろ手にドアを閉めて、ルークはそのまま部屋の中へと入ってくる。
パタパタと近づいてくる足音を聞きながら、アッシュは読んでいた本に栞を挟んで閉じた。それから周りに積み上げられている本を片付けて立ち上がる。
「またそんなに本ばっか読んでたのか? 折角天気が良いんだから、何処かに出掛ければ良いのに」
「休日をどう使おうと俺の自由だ」
「まぁ、そうだけどさ」
半ば呆れながら、ルークはアッシュの手元に視線を落とした。しっかりと一冊の本を抱えているアッシュは、部屋に帰ってから続きを読む気なのだろう。
日々の勉強の為に本を読むのだって苦痛なルークにはとても考えられない事だ。想像するだけで思わずげんなりしてしまう。
「いてっ」
じっと本を見つめながらため息をつくルークの頭を、アッシュが軽く叩いた。
「何をぼさっとしている。部屋に戻るんだろう?」
「あっ、うん。……って、置いてくなよアッシュ!」
足早に部屋を出ていくアッシュの後を、ルークは慌てて追いかけた。
昔は中庭に面したこの離れには、ルーク≠フ部屋が一つだけあった。預言に詠まれた時までルークを閉じこめておく為の鳥籠のような部屋だった。
だが、今は違う。世界を救い、二人で戻ってきたアッシュとルークの為に、離れの大改装が行われた。現在ここに並び立つ部屋の数は三つ。中央に寝室を、その左右にそれぞれの部屋が造られた。共用である寝室を経由して、互いの部屋へと自由に行き来が出来るようにもなっている。
アッシュに続いて彼の部屋へと入ったルークは、アッシュに向かい合うようにソファに座ると、ポケットから一通の封筒を取り出した。
「何だ、それは?」
読書を再開しようとしていた手を止めて、アッシュは訝しげに問う。ルークの仲間からの手紙なら、彼がわざわざ見せに来る必要はない。よって、その手紙の内容は自分にも関係あるものの筈だ。
「何って、夏祭りの招待状。直ぐに支度して、一緒に行こうぜアッシュ!」
ルークの返答に、アッシュは思わず自分の耳を疑った。その封筒が夏祭りの招待状だというのはまぁいい。だが、直ぐに支度をするというのは、まさか今から出発する気だろうか。つまり、その夏祭りとやらの開催日は今日なのか。
色々とあり得ない。
「……こんな巫山戯た招待状送ってくる奴は一体誰だ? ガイか? それともあの道楽皇帝か?」
「ええと、漆黒の翼」
考えられそうな名前を連ねてみたが、ルークの口から飛び出したのは予想からかけ離れたものだった。
かつてヴァンを倒すための旅をしていた頃は、確かに彼らに世話になっていた。そう長い期間ではなかったが、それでも彼らの人となりを知るのには十分だった。故に、一癖も二癖もある彼ら…というか彼女からの招待なぞ、怪しすぎて受ける気にもならない。
「テメェ一人で行け。俺は行かん」
「追伸。来なかったらどうなるかわかってるんだろうねぇ? アッシュ坊や? ノワール=v
「…………行けばいいんだろう」
まるでアッシュの返答を予想していたかのような脅迫メッセージに、アッシュは不本意ながらも折れるしかなかった。誰にだって知られたくない過去のひとつやふたつはあるだろう。その中のいくつかを握られているアッシュは、過去の自分を消し去りたい気分になった。不可能だとわかっているけれども。
「じゃあ、支度が出来たら玄関に集合な。あまりギンジを待たせるのも悪いし」
「ギンジが来てるのか?」
「うん。この招待状だってギンジが持ってきてくれたんだぜ。招待状にもちゃんと送迎付き≠チて書いてあるし」
その言葉に色々と思うところが有ったアッシュだが、賢明にも言葉を飲み込んだ。
着替えを済ませ、玄関へと辿りつくと、そこには既にルークが待っていた。こちらに気付くと。ぶんぶんと手を振り回して呼びかけてくる。
「お久しぶりです、アッシュさん!」
ギンジも気付いたようで、傍まで近づくといつものように挨拶を投げかけてくる。アッシュも挨拶を返せば、ギンジは嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
あまり時間が無いというギンジの言葉に従い、二人はメイド達に見送られながら屋敷を後にした。昇降機で下へと降り、街を通り抜けて渡ってバチカルの外へ。そこに停めてあったアルビオール三号機に乗り込んで、ナム孤島へと向かった。
「ったく、何でテメェに招待状が届くんだよ」
シートに深く腰を沈め、窓から外の様子を眺めながら、アッシュがボソリと呟く。
「アッシュ宛にすると、読まずに捨てられちまうと思ったんじゃねえ?」
「アッシュさんならあり得ますね」
サラリとそう答えるルーク。同意するギンジ。
アッシュには返す言葉も無かった。
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