猩々緋 -6-



 イオンに別れを告げた後、アークは真っ直ぐにある場所へと向かった。
 普段行き来している教団のエリアの更に奧、殆どその存在を知られてはいない場所にその部屋はある。預言に死を詠まれたイオンのレプリカ達は間違いなくそこに居る。
 既に導師のレプリカは選ばれてた筈で、そして彼が本格的に導師として入れ替えられ後、残りの者達の辿る運命は一つ。だがまだ間に合う筈だ。誰かが通れば直ぐにわかるようにと、ザレッホ火山へと続く通路に仕掛けた術はまだ発動してはいない。

(……シンク)

 せめて、彼だけでも。
 自分の事を空っぽだと最期まで言っていた彼を、再び虚無のまま消えさせたくはなかった。



 要所要所に配置されたオラクル兵は、アークの姿を認めると敬礼し、そして道を開けた。かつてアッシュが着ていたものと同じ、赤と黒の教団服がアークの身分を示す。一番人数の少ない特務師団であれど、一個師団の隊長に楯突こうとする兵は居ない。
 だが、流石にこの場所ではそうもいかなかった。

「ここは、関係者以外立入禁止となっております。どうかお引き取りを」

 アークの身分を認めてなお、部屋の扉の前に立つ兵は道を譲らなかった。物言いこそは丁寧ではあるが、忠告を無視して勝手に踏み込もうとすれば彼らは即刃を手に向かってくるだろう。たとえ叶うはず無いとわかっていても。
 そこまでして護る価値があるのだろうかと、アークは思う。ただ妄信的に預言に従うばかりで、その結果もたらされる犠牲には目を向けようともしない、そんなものに。

「退け」

 護りたければ護ればいい。
 だがこちらとて退けはしない。相手が力でもって阻止しようと言うのならば、同様に受けて立とう。どうせとうに血濡れている手だ。今更新たに赤く染まろうとも、もはや傷付きはしない。

「……ヒ…ッ!」

 一瞬の間に剣を突き付けられた兵が恐怖の声を漏らした。あまりに速いアークの動きに身体は反応できず、自身の槍は未だ天を向いたままだった。
 次の瞬間、その兵は痛みを感じる間もなく自ら流した血の海へと身を伏せた。
 それを見たもう一人の兵が、慌てて手にした槍をアークへと宛おうとするが既に遅すぎた。一人目を切り伏せた勢いでアークはそのままもう一人へと刃を振るった。今度は声を発する暇すら与えられぬまま、兵は地に伏せた。
 血にまみれた剣をひと振りすると、それを手に携えたまま部屋の中へと足を踏み入れた。

 せわしなく行き交う白衣の研究者達の目が一斉にこちらを見た。
 突然の侵入者に動きを止めた彼らの顔に、一様に同様の色が走る。何しろその侵入者は教団上位の服を身に纏い、血塗れた剣を隠そうともせずに手に携えているのだ。気にするなという方が無理だろう。
 部屋の中を見渡せば、白衣を纏った数人の研究者達と、その傍らに一つだけ緑の色彩が在った。本来そこに在るべき姿は6人。明らかに数が合わない様子に、アークは眉を顰めた。もしかすると、自分が予想していたよりも早くに彼らの処分が成されてしまったのかも知れない。それも、以前とは違う方法で。

「おい……そこのお前。何故、彼一人だけしか此処に残っていない?」

 導師イオンとなる一人を除き、あと残り6人は居る筈だ。
 研究者の一人に剣を突き付けて、アークは問う。刃を向けられた研究者はヒッと短い悲鳴をあげると、震える声で話し始めた。

「どうして……こうなったのか、私達にもわからない。た、確かに導師のレプリカは6人居たんだ。本当だ」
「だったら何故、今この場には一人しか居ないんだ」
「少し前、に……彼を除いて残り全員が突然消えてしまった。彼らはレプリカだったから……おそらくは音素に還ったんだとは思う。だが、断じて私達は手を下してはいないんだ……信じてくれ!」

 必死にそう言う研究者を見、そしてぐるりと周りを見渡した。
 目が合った者はしきりに同意を示すように頷き、その様子から恐らく彼らは嘘を言っていないのだろうと思った。彼らが告げた時期と、オリジナルイオンが息を引き取った時期は重なる。何故かはわからないが、6人のレプリカ達はオリジナルに
呼ばれたかのように共に消えていったのだろう。
 それはまるで、無理矢理にでもかつての世界と等しくしようとする力が働いているようで。

(気にくわない……が、まあいい)

 彼は生きているのだから。

「……わかった」

 呟かれた言葉に、研究員達が各々安堵の息を付く。自分達は何も悪い事などしていないのだから殺される事は無いのだと思って。
 だがそれが間違った認識であったのだと、彼らは気付くと同時に息絶えた。
 アークの動きが止まった後、生きている者はアークとイオンのレプリカの二人だけだった。今度こそ剣を鞘に収めると、アークはレプリカの方へと近付いて行く。それを相手はただ何の感情の色も浮かべていない瞳でじっと見ていた。

「――― 迎えに来た、シンク」

 微笑み、手を差し伸べながらアークが言う。
 だが、シンクと呼ばれたレプリカは困惑気味にアークを見つめるばかりだった。何を言っているのかわからないという様子で。

「……シンクって、誰の事? もしかしてボク?」
「そうだ」
「ボクに名なんてないよ。作られたはいいけど、結局利用する価値すらない廃棄処分のレプリカだから。でも……ボクだけ残ったって事は、消える価値すらもなかったのかもしれないけどね」

 そう言いながら、彼は自嘲気味に笑う。その姿は此処とは別の世界の地核やエルドランドで見たものと同じだった。やはり彼は自らが存在する価値をひたすらに求めている。

「己の価値を見出したいのならば共に来い。そして俺と一緒にこの世界の根底を覆す為に……俺の為に働け」
「世界の……根底?」
「そうだ。この世界は始祖ユリアの残した預言に強く縛られている。人々は日々の己の行動すら預言に頼ろうとしている程にな。そして人の生死や世界の行く末ですら預言に定められている。このままだとこの世界は滅びの道を歩む。 ――― 俺は、この預言を覆したい」

 ND2018になれば必ず、キムラスカは贄としてルークをアクゼリュスへと送り込む。預言に従う事で、その先にある未曾有の繁栄を求めて。
 だが、彼らは更にその先に世界の滅亡が詠まれている事を知らない。今この世界で秘預言を知る者はアークただ一人なのだから。

「――― シンク。この手を取るか否か、どちらかを選べ」

 もしも否と言うならば、せめて己の手で先に還った彼らの下へ送ろう。このまま此処に残っていても、結局彼は処分されるかヴァンに利用されるかのどちらかだ。ヴァンに命を救われたとしても、再びあの世界と同じ道を辿るだけであるし、その場合はアークにとっての敵ともなる。
 それを思えば、今この場で彼の命を奪う事に躊躇いはない。

 アークの言葉を聞いてから、ずっと考え込んでいたシンクが頭を上げて真っ直ぐにアークを見た。その瞳の光に揺るぎは無く、既に彼の心が決まっている事を示している。

「行くよ、アンタと。どうせ消えようとしていた命なんだ。それならばアンタの為に使う。共に生きて、アンタの目指す未来を見てみたい」

 そう言って確かに伸ばされた彼の手を取った。
 その瞬間から、彼は名も無いレプリカから "シンク" となった。


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シンク陥落。
基本的にアークはレプリカには優しい方ですが、シンクを仲間に引き入れたのは敵に回らせない為ってのが大きいです。
ヴァンにあまり手駒を与えたくないという事で。
ちなみにシンクが断ってた場合、アークは本気でシンクを消す気です。無理やり連れて行ってもそれはヴァンと変わらないので。
あと、もう一人同条件の人物がいますが、こっちに入れるより次の話に混ぜた方がいい感じなのでそれはまた次回で。
2008.06.12