猩々緋 -8-


《……アッシュ》
 
 誰かが名を呼ぶ声が聞こえる。
 うっすらと目を開いて辺りを見渡してみるが、ただ何処までも白い空間が広がっているばかりで他には何もなかった。
 ここは死後の世界なのだろうか、と思う。あのエルドラントの白い部屋で、自分はオラクル兵の剣に貫かれて死んだ筈なのだから。

《……アッシュ》

 再び聞こえた声。
 身体を起こしてその声の方向へと顔を向けると、空間が揺らめきそこに焔が現れた。朱色から金へと変わるグラデーションに、同じ色を持っていたレプリカを思い浮かべた。あいつは無事にローレライを解放できたのだろうか。否、そうでなくては自分の代わりに全てを託した意味が無い。それに、信じたからこそ行かせたのだ。
 揺らめく焔が次第に形を変えていく。やがて焔が人の形をとった時、目の前のそれがなんなのかに思い至る。

「ローレライ……」

 己と等しき音素振動数を持つもの。第七音素の意識集合体、ローレライ。
 実際に目にしたのはこれが初めてだが、間違いないと確信している。そのローレライがここにいるという事は、ルークは無事にヴァンの中から彼を解放出来たのだろう。だが、それでは何故ローレライが死んだはずの自分の前にいるのかがわからない。音譜帯へ行く事を何より望んでいた筈ではなかったのか。
 そんなアッシュの疑問に応えるように、焔が大きく揺らめいたかと思うと、ローレライが再び口を開いた。

《目覚めたか、アッシュ》
「此処は何処だ? 死んだ筈の俺が、どうしてこんな所に居る? あのレプリカはどうなったんだ?」

 一言口に出してみれば、あとはもう雪崩の様に疑問が声となっていった。それ程アッシュには今の状況が何一つわからなかった。

《ま、待て……。そんな一度に問われても答えられる訳がない》
「……チッ、神のくせして使えねぇ奴だな。だったら順を追って全て説明しろ」
《わかった。話せば長くなるが、どうせ時間を気にする事もないのだからな》



 ローレライの話は前置きが必要な程長いという訳では無かった。だが、彼から告げられた内容にアッシュは酷く驚かされた。
 この場所が音譜帯であり、ローレライが此処で自分を再生させようとしていたというのはいい。問題なのはその再生に使われたのがルークの身体だという事だ。以前、迫り来る時間に怯えながら生き急いでいた理由 ――― 大爆発の本当の意味を聞かされ、アッシュは愕然とした。ずっとオリジナルがレプリカに存在を喰われるのだと思っていたのに、実際はその逆で自分が喰らう方だったのだ。
 そうだとすれば、ルークが今此処にいない原因は。

「……俺がルークを喰らったというのか」
《そうだ。だが、全てではない》

 肯定の後に続けられた言葉に、一縷の望みを抱きながらアッシュがローレライへと詰め寄った。

「どういう事だ? 説明しやがれローレライ!」
《大爆発は不完全だったのだ。ルークを構成する音素の殆どはアッシュへと還ったが、それでもルークの意識は消えてはいなかった。そしてその意識は私の下へと引き寄せられた》

 音素は同じもの同士引き合う性質がある。第七音素のみで構成されるレプリカが、第七音素の意識集合体であるローレライに引き寄せられるのも当然と言えた。

《そして半ば私と一体化したルークは、私の力を用いて止める間もなく過去へと跳んだ。一度目は鍵をコンタミネーションでその体内へと取り入れ、二度目は第二超振動を扱えるようになり、三度目には譜歌を覚えた。繰り返すたびにルークは強くなっていったが、一度たりとも望む未来は得られなかった。幾度と無く繰り返される過去にルークの心は疲弊していき、そしてとうとう崩壊の兆しが現れた。……もはや私の声は届かない》

 もう一度やり直す為に。今度こそは二人一緒に生き残る事が出来るように。
 それだけを願ってルークは過去へと戻る事を望んだ。そのせいで、永遠に終わらぬ世界のループに閉じこめられる事になろうとも。

《時は満ちた。身体の修復は終わり、いつでも地上へと降り立つ事が出来る。けれどもアッシュよ、私ははおまえに二つの途を示そう。このまま地上へ戻るか、それともルークを連れ戻して共に戻るか》

 このまま地上へ戻れば、その先平和に暮らしていけるだろう。ただし、その世界にルークは存在しない。
 少し前ならばそれこそ望み通りだっただろうが、あのエルドラントの戦いを経て一応ルークを認めた今ではそうは思えない。散々憎んでいたとはいえ、彼の存在を奪って自分だけが生きながらえるなんて冗談じゃない。
 再びあの世界へと戻るならば、二人一緒に。

「ハッ、愚問だな。御託はいい、さっさと俺を過去へと跳ばせローレライ」

 そうはっきりと告げて、アッシュは不敵な笑みを浮かべた。
 アッシュの言葉と同時に焔が大きく揺らめき、ローレライの姿が掻き消えた。
 再び世界が白く染まっていき、同時にアッシュの視界も意識も奪われ始める。

《……待っている、二人で帰ってくる事を。我が愛しき同位体の子等よ》

 段々と意識が薄れていく中、最後にローレライの声を聞いた。


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ようやくアッシュがスタンバイ。
もうちょっと先まで書こうとしてたんですが、ここまでの方がキリが良いので切りました。
短めですいません。
次からアッシュサイドです。早くルークと会わせたいけど、結構先の予感…が…orz

2008.08.04